暫定委員会議事録 1945年7月19日

原文は以下:http://www.trumanlibrary.org/whistlestop/study_collections/bomb/large/documents/pdfs/9-8.pdf#zoom=100 
(* 青字は私の註)
(* 7月16日05時30分、アラモゴード砂漠で、人類最初の原爆実験が行われ、成功裏に終わった。翌日7月17日にはクーリエ便で「実験成功」の詳細報告がグルーヴズから、ポツダムにいるスティムソンの下にもたらされる。スティムソンは直ちにトルーマンに面会してこの報告を告げる。人が変わったように元気なったトルーマンがスティムソン日記に描写されている。一方ポツダム会談は、7月17日から、ベルリン郊外のポツダムにあるツェツィーリンエンホーフ宮殿で開始された。午後5時から、最初の三巨頭会談が開始された。この暫定委員会は、そうした動きの直後に開かれたもので、当然陸軍長官スティムソンも、45年7月3日に国務長官に就任したばかりのバーンズもポツダムに出かけていて留守だった。またこの日は、ウイリアム・クレイトン、ラルフ・バードも欠席だった。)


暫定委員会議事録
1945年7月19日 火曜日
午前10:00〜午後01:15

出 席 者

委員会メンバー
バニーバー・ブッシュ博士
カール・T・コンプトン博士
ジェームズ・コナント博士
ジョージ・L・ハリソン氏 委員長代行(Acting Chairman)


招聘参加者
レスリー・グローヴズ少将
ケネス・G・ロイヤル准将 (参考招聘参加者)
ウイリアム・L・マーベリー氏(参考招聘参加者)
ジョージ・S・アラン中尉(参考招聘参加者)
ジョージ・M・ダフJr. 中尉(参考招聘参加者)

(* ケネス・ロイヤルは、もともと法律畑出身である。1947年国防総省が創設され、陸軍省―The Department of War―が廃止された時の最後の長官である。また国防総省の中に陸軍省が創設されたが最初の長官―Secretary of the Armyでもあった。アラン中尉、ダフ中尉については分からなかった。陸軍に配属された若手の優秀な法律家と見られる。

ウイリアム・L・マーベリー“William L. Marbury”はメリーランド出身の有名な法律家である。1998年、マーベリーが86歳で亡くなった時のニューヨークタイムズの訃報―http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=940DE4D7163BF934A35750C0A96E948260 によると、1924年にハーバード大学ロースクールを卒業している。また「法の下の市民権委員会」の創設メンバーともなっている。1942年、マーベリーは陸軍省航空隊―ニューヨークタイムズの原文ではArmy Air CorpsとなっているがこれはArmy Air Forceの間違いではないかと思う−の物資調達担当の主席顧問弁護士になっている。この功績で戦後、トルーマンから大統領栄誉章―Presidential Medal for Meritを受けている。マーベリーは、1902年生まれだから、この暫定委員会出席時は45歳で、陸軍航空隊・調達担当主席顧問弁護士だった筈である。)



T.科学顧問団からの提案
 
 委員会は、コナント博士と協議の上、ブッシュ博士からの出されたメモランダムについて考慮を払った。それは委員会から科学顧問団への提案について述べられている。その提案とは、科学顧問団に対して、この分野(*原子力エネルギー分野)の将来の開発と研究のあり方について、詳細な研究を要請したものだった。特に、科学分野の人員養成、技術分野の人員養成、それに要する予算に力点をおいた将来計画に就いての研究であった。

 ブッシュ博士は、現時点では科学顧問団の提言は、保安上の配慮が極めて望ましい、国家にとっての科学的資源(*物理的資源ではなく。知見などソフト上の資源のこと。)に対する、この問題の次元さらに個別的な理解や発想を促進する可能性があり、また戦後時代における、この分野と他の分野とのバランスを保つ点はどこかを理解するにも役立つ、と説明した。

(* 書記のアーネッソン中尉の書き方が、ofでつないでいって、また関係代名詞でつなぐスタイルであり、非常にわかりにくい。いわば持って回ったいいかたになっている。段々スティムソンの文体に似てくるように気がするが・・・。

 ここでブッシュが言いたいことは、科学顧問団に対して、戦後時代における核エネルギー分野を考えてみたときに、どのくらいの科学者人材、技術者人材が必要なのか、予算を中心にして、その構想を考えてくれ、ということだ。そうした構想を考えてみると、恐らくは、核エネルギー分野への力の入れ方とその他の分野への力の入れ方のバランスが分かってくる、つまり適正な予算配分の全体観が描けるだろう、少なくなくともその役に立つはずだ、ということだ。)
 
 

U.国際関係に関するブッシュ−コナント・メモランダム

 この分野(*核エネルギー分野)における、国際的統御に関してそのメカニズムとなるべき、国際国家連合的組織(*United Nations organization)の設立の問題の扱ったメモランダムが、委員会の前に提出された。二人は、これは単に問題提起をするにとどめる、仮の提案だと指摘した。このメモランダムを受け取って委員会は、ブッシュ博士とコナント博士が感じたと同様、この問題に関する考察は、ポツダム会談が終了して、委員会のフルメンバーが揃った時にすべきである、と感じた。

(* ここは極めて、興味深い記述である。ブッシュやコナントが提起する問題は、核兵器を中心とした核エネルギー分野の国際的統御の問題である。しかもこの時点では、すでに「日本への原爆使用」を決定している。

 つまり、「日本への原爆使用」は、次に核兵器を保有すると想定されている国、ソ連を恐怖させて、泥沼の核兵器軍拡競争に持ち込み、「冷戦」という準戦時体制を作り出し、そのどさくさに紛れて、核エネルギー分野に対する連邦予算支出を認めさせる、鍵を握るイベントだった。

 ここまでは、この時点での、暫定委員会の一致した認識だった。

 問題はその後である。

 いつかはソ連は核兵器を保有するだろう、その次は、恐らくイギリスだろう、その次は・・・と考えた時に彼らは恐怖、とまではいかないが、将来的に無制限に核兵器が拡散していく懸念はもつだろう。ブッシュ−コナント提言はその懸念を表明したものに他ならない。一番考えやすいのは、しかるべき国際機関を設けて、核兵器拡散の歯止めをすることだ。その場合、既核兵器保有国の既得権益は認める、いいかえれば、核兵器不拡散の外観をまとった、核兵器独占国際管理査察体制の構築がもっとも望ましい。

 45年9月11日にスティムソンが提言する、国際体制、すなわちアメリカが進んで、核兵器に封印する、核兵器廃絶・核の平和利用に限定した国際管理査察体制とは、この点が根本的に違う。

 しかしこの問題はバーンズ、スティムソン抜きでは進展を見ない。)



V.陸軍長官との電信のやりとり

 情報に関して言うとハリソン氏は、(*原子爆弾の)実験の結果に関する陸軍長官とのやりとりを委員会で読み上げた。このことに関連して、ハリソン氏は、陸軍長官に成り代わって、委員会としてオッペンハイマー博士にお祝いの電信を出すべきかどうかについての問題を提起した。委員会は全会一致でそうすべき事として同意した。


W.法制化 (LEGISLATUION)
ブッシュ博士は、ワシントン州選出のマグニューソン上院議員が、その日、ブッシュ博士がその報告「科学―この終わりなきフロンティア」で大統領に提言しているような趣旨に近い法案を、その日(7月19日)に議会に提出したことを報告した。キルゴア上院議員も、その報告(*ブッシュの報告「科学―この終わりなきフロンティア」)とは離れているが、法案を提出するだろう、といった。
 
(* マグニューソン上院議員に相当する人物は、ワシントン州選出のワレン・G・マグニューソン上院議員一人しか該当者がいない。マグニューソンはワシントン州から選出された上院議員で、1944年に初当選。その後6期36年間にわたって上院議員を務めている。詳しくは次。http://www.historylink.org/essays/output.cfm?file_id=5569。タイプとしては、社会で問題になりそうな新しいテーマを見分けて、その問題に関する法制化、立法化を行いながら、関連業界と連携を深めていくという型の利権屋タイプの上院議員だったようである。たとえばラルフ・ネーダーが登場する前には、消費者保護法案は彼の独壇場だったし、橋、ダム、高速道路の建設などにも大いに力を尽くした。また海洋関係に関連した立法化にも力をいれた。1905年生まれであるから、この時40歳だった。44年に初当選だからこの時はまだ上院議員2年生だった。独特の嗅覚をもって、ブッシュのいう「科学―この終わりなきフロンティア」は金になる、と踏んだのだろう。

キルゴア上院議員に相当する人物も一人しかいない。ウエスト・バージニア終選出のハーリー・M・キルゴアである。法律を学んで、地区の判事や教育機関の長をつとめた後、1940年に民主党の上院議員に当選した。2期目に現職のまま死去。科学振興にも力を力を尽くした。マグニューソンとも違った型の政治家であったらしい。詳しくは次。http://en.wikipedia.org/wiki/Harley_M._Kilgore )

 この時点で、ロイヤル将軍、マーベリー氏、マンハッタン地区で働く2人の法律家、アラン中尉とダフ中尉が委員会に参加した。ロイヤル将軍とマーベリー氏が準備した法案草稿を検討するためである。またアラン中尉とダフ中尉は、今回法案に関わる法制化に関わる資料収集をニューヨークで行い、かなり重要な書類をまとめてもっていると紹介された。

 彼らの仕事は、ロイヤル−マーベリー法案草稿をわれわれが委員会で検討する際に大きな助けとなると感じられた。

   ハリソン氏の発言。 今の段階では、委員会はこん法案草稿の1行1行の表現に拘泥すべきではない、一般的な基本原理に議論を絞るべきだ、と提案した。

a.組織の名称
 法制化による組織の名称は、「原子力コミッション」“Commission on Atomic Energy”とすることで委員会が一致した。

b.補償
 コミッションの委員に関しては、サラリーを受け取らない方がいい、と感じられる。そうすることによって政治的圧力を受けやすい立場を回避できる、と感じられる。事務局長(administrator)や事務局次長(deputy administrator)はサラリーを受け取るべきであることで合意した。それぞれ年俸1万5000ドルと1万2000ドルのオーダーであろう。

c.構成
 委員は、特別な政府機関の代表や利益代表であるべきではないという点では一致したが、委員9名のうち、2名が陸軍から、2名が海軍からという草稿の中の条項については、いくつかの異なる見解が存在した。ブッシュ博士は、委員は全員シビリアンであるべきだという見解に好意的であり、これはコナント博士も同様である。一方ロイヤル将軍は、この分野においては陸軍の見解が優勢であり、もしコミッションの構成において、この事実が反映されるなら、議会での行動が大幅に促進されるだろう、と指摘した。彼は、軍部の強力な代表性が望ましいと感じている。ハリソン氏は、軍部の利益は、恐らくは、今現在の「軍事理事会」の条項によって守られるであろうし、これに加えて、戦時や脅威の存在する非常時において、強化された大統領の効力を、軍部に移管するような条項を加えてはどうかと提案した。グローヴズ将軍は、委員の何人かは、軍人の経験が必要だとの条項が望ましいと言う見解を表明した。しかしその場合、委員は必ずしも現役の軍人である必要はない、としてはどうかという見解であった。

d.大学における研究に関する管理
コナント博士(*ハーバード大学学長でもある)は、研究に関して広範な権限(*sweeping powers)がコミッションに与えられる件に関して関心を表明した。彼は、資材(*この場合は核分裂物質などのこと)を制御・管理することの必要性は認識するが、ある一定の量は大学研究機関自身が装備すべきであり、国家安全に危険を及ぼすことなしに、この分野における実験を実施できることが必要だ、そして同時に基礎研究を追求していく際のかなりの範囲の自由性が必要だ、と感じていている。

 コンプトン博士はエネルギー放出に関わる手段が必要かもしれないと述べた。委員会は、法案にコミッションにとって量的な一定の境界線が必要だということに肯定的で明確に銘記することに賛同した。

 委員会は、国家の安全を脅かさない範囲での、研究の自由の方向性を強調することに同意した。

f.基礎研究
 ブッシュ博士は、法案は、コミッションは通常はこの分野における基礎研究を大学群が推進できるような肯定的文言を含んでおくべきだと強く主張した。もしそうでなければ、この法案は彼の(*ブッシュの)「基金法案」(his Foundation bill)と直接に摩擦を起こし、この分野での基礎知見を健全に促進することを深刻に抑制するかもしれない、と述べた。委員会は、この見解に全体として賛同した。

(* ブッシュはこの時、科学研究開発局の局長として、膨大な軍事的科学研究開発予算を、議会や政府他部局からほぼ独立して使える立場にいた。もちろん研究課題も軍部からの意向を受けて、自由に選択できる立場にいた。つまり何らの掣肘を受けない立場にいた。これが彼が軍産学複合体制の要に存在し得た理由である。戦後もその体制を継続できるかどうかが、この暫定委員会が開かれた7月に提出された、マグニューソン法案とキルゴア法案の行方であった。マグニューソン法案はほぼ、ブッシュの主張通りの内容だったのに対して、キルゴア法案は真っ向から対立する法案だった。結局マグニューソンとキルゴアは妥協し、折衷的な法案を提出するが下院で否決された。この折衷法案に対して、あくまでブッシュの意向を100%実現する法案が、ここで言っている基金法案である。結局、ブッシュが勝利して、この法案「国家科学基金」法が成立し、戦後も戦時中同様、ブッシュの思いとおりの体制が構築できるかのように見えたのだが、結局ブッシュの思いとおりにはならなかった。しかしこれは後の話である。

 ここでは、暫定委員会のメンバーが、原子爆弾などの核兵器開発を含む科学的軍事的研究開発に対して、戦時中と同様に、議会や政府関連他部局からも独立して、連邦予算を自由に使おうとしていた事だけを確認しておけば十分だろう。

 関連資料「バニーバー・ブッシュについて」を参照のこと。

 その意味では、「日本への原爆の使用」(=広島への原爆投下)→「ソ連との冷戦創造」(=準戦時体制の維持発展)→「核兵器を含む連邦軍事予算増額とその掣肘なき浪費」という流れが見えてくるのであり、日本への原爆使用(=広島への原爆投下)は、戦時中・戦後にかけてのアメリカの「軍産学複合体制の形成」という視点から見てみないと、本当には解明できないのかもしれない。こうしたアングロ・サクソン・ブロックの側から見ると、トルーマンなどは、幕間に登場した一人のピエロなのかもしれない。)
 
g.検閲 (Censorship)
ブッシュ博士は、この法案の検閲及び国家安全に関する条項は、幅広広すぎる、と指摘した。彼は、国家安全に危険でない範囲において、この分野(*核兵器をを含む原子力エネルギー分野)における出版あるいは情報開示は認められるべきだと提案した。この原則をそれとなくほのめかしたルールをコミッション(*戦後構想されている原子力エネルギーコミッションのこと)が適用すべきだ、と指摘した。委員会は全体として、もしこの分野における出版が狭く規制されてしまうと、アメリカが持つべき利点が損なわれてしまうかもしれないと、と言う点で賛同した。

h.特許権 (Patents)
特許に関する条文は、秘密の命令を課すことできるという点で、コミッションを強化することになり、かつコミッションが国家的利益のために必要だと決定するかまたはそう仮定した場合、問題を避けることができると言う点で、全体として賛同した。

i.共同開発トラストの資産 Assets of the Combined Development Trust)
いかなる国際的合意においても、アメリカの利益を引き継ぐコミッションを強化するようの条項に銘記されるべきだと言う点で合意した。

j.国際関係
マーベリー氏は、国際的合意に入る事についてその権限を法案の中に銘記する必要はない、と指摘した。というのは、この分野におけるいかなる国際条約を締結する力は、自動的にこの法案に由来するだろうからである。
k.総会計局
この法案は、コミッションは、TVAにおけるのと同様な、総会計局と関連を持つべきだと、同意した。こうした会計総局にコミッションは、会計検査を受けるのだが、もし国家利益上必要な一定の経費の場合、細目は検査されないことを確認できる力を持つからである。
(* これは秘密予算を持つことができる事を意味する。国家利益、ねぇ。)

l.未分類事項
委員会メンバーから出されたその他の提言は以下である。
(1) グローヴズ将軍
この法案に銘記されている4つの理事会に加えて、コミッションが、随時その必要が起こった場合に備えて、「その他の理事会」という文言を入れておくべきである。
(2) グローヴズ将軍
統括管理者はコミッションによって敷かれるルールのもとで運営を行うべきであり、彼の個人的決断が一つ一つコミッションからの保証を必要とされるべきではない。
(* こで議論されているコミッションは戦後、米原子力委員会という形で実現するのだが、グローヴズは、その事務局長に、マンハッタン計画時代の自分の右腕を送り込んでいる。)

(3) グローヴズ将軍
マンハッタン計画が保有する「在庫」はここに銘記してある3ヶ月で提出することは難しい。また報告年度は、暦年ではなく会計年度が望ましい。
(4) ブッシュ博士
管理・事務用人員は、シビリアン業務の下に置かれるが、科学者、技術者、法律関係者は例外とする。

 ロイヤル将軍は、この法案はコミッションに、準司法的(quasi-judicial)な力を与えていない。委員会は、この法案については、輸入・輸出に関する力は不必要として与えていないとする、ロイヤル衆軍の見解に同意した。委員会は、もし状況が許せば、地方税を支払いから免除することが文言で銘記してあることについても同意した。

 アラン中尉、ダフ中尉はこの委員会で提出された提案及に関して装甲の書き直しを行い、また、ブッシュ博士、グローヴズ将軍の追加コメントに関して、法的銘記の準備を行うことに同意した。


X.次の会合
 次回会合については、はっきりした日時を決定しない。コナント博士は8月2日ごろが適切と提案した。

R.ゴードン・アーネッソン
陸軍中尉
委員会書記